部族少年は夢幻に消失

部族少年は夢幻に消失

忙しさにかまけて遅くなったマヌケエルフ

 R-18につき閲覧注意なの!!!








 少年オニキスは、故郷であるクオンツ族の里を出た理由を忘れかかっていた。地図を持たずに出てきた身ではあるが、現在滞在中の森から里に帰るまでの道は記憶している。時間こそかかるが帰れない距離ではない、それだけに体力的に万全の状態に戻ったならば里へ帰ろうと考えていた。クオンツ族は獣の耳と石化体質という特徴により、人間やエルフ族とも違った存在として認識される。当初の目的など忘れて、誰にも見つからずに里まで帰るのが最善であると言えた。

 森の中に張ったテントの持ち主であり、オニキスが色々な意味で世話になっているエルフの男に問いかけられるまで、オニキスは自分が里を出た理由を忘れていた。

「そういえばオニキス、君は何をしにこの森までやってきたんだ?」

「カル……じゃない、あー……ひ、人探しだよ」

 いくら世話になった相手であっても、種族が違う以上下手に頼ることはできない。クオンツ族としては若輩ながら、そのことは心得ていた。それでも、正直に言えない後ろめたさから視線をそらさずにはいられなかった。その様子を、エルフの男も察していた。

「私がこの森に来た理由は話していたかな?」

「いいや、まだ聞いてねえけど」

「この森で出会った初日、君が飲んで腹を壊した川の水……あれの原因を探りに来たんだ」

「へぇ」

「川の下流に住む人間たちに依頼されてな。火を入れても無毒化できないから日常の飲み水にも困っているとのことだった」

「それがどうしたんだよ」

「調査の結果、原因が分かった。今日これから、そいつを討伐したのち川の水を浄化してこの森から撤収する」

「へー……撤収!? この森から!?」

「ああ。だから、今日ここでお別れだ。短い間だったが楽しかったよ。君が追われたりしないよう、行き先は聞かないでおく」

「…………」

 オニキスはその言葉を聞いて、複雑な表情を浮かべた。オニキスにとってそれは都合がいい言葉だ。仮にエルフの男が「クオンツ族を見た」と言ったところで、オニキスが何も言わずに男と別れてしまえば手掛かりはなくなる。普段から人間には姿すら見せていないため、クオンツ族という種族が存在することすら知らない人間も多いだろう、とも里では言われている。そもそもエルフの男に見つかった時点から現在に至るまで、クオンツ族としてはタブーとも言える異種族との交流というハイリスクな行為を続けていたわけだ。その状況から五体満足で脱却できることを考えれば、エルフの男が仕事を終えて森を去るというのはオニキスにとって朗報に他ならない。

 そのはずだというのに、ただ「エルフの男が森を出ていく」というだけの情報に、オニキスの心は激しく揺さぶられていた。

「……おっさん、これから魔物討伐に行くんだろ」

「そうだ。何、予想してたことだしたいした問題はないさ」

「あーっ、そうじゃなくて!」

 オニキスは感情の高ぶりにまかせて立ち上がった。

「……俺が、手伝ってやるよ」

「君は……」

「熱はない。腫れも引いた。あんたが診察して言ったことだぜ」

 言いながら、オニキスは自分の身支度を始める。それはテントから退去するためではなく、魔物との戦闘に備えるためのものだ。エルフの男から借りていた衣服を脱ぎ捨て、クオンツ族伝統の上着を羽織り、腰に帯を締めた。そして、床に伏して男に言った。

「……どうか俺に、恩を返させてくれないか」

「確かに、薬師として止める理由はなくなった。問題は、だ」

 エルフの男がオニキスを見る目は、すでに患者に対するそれではない。オニキスという男の身を案じる、一人の男としてのものだった。

「君のことは推測できる範囲でしか知らないが……戦士どころか狩人でもないはずだ。そんな職業で魔物と相対するなど自殺行為だぞ」

「ああ、わかってるよ」

「ならなぜだ? 私が何を相手にしようとしているかも聞かないうちに申し出るのは危険だとは考えなかったのか?」

「それでも! それでも、アンタに報いたいって気持ちに嘘はつけねえ」

 伏したまま見上げるオニキスと、座ったまま見据えるエルフの男の視線とが合わさる。先に目を閉じたのは、エルフの男のほうだった。細く息をつくと言った。

「明かせる範囲までで構わない。君のできることを教えてくれ。それを検討した上で連れていくかどうか決めるとしよう」

 森の外れに張られたテントの中で、二人の男の密談が交わされる。夜明け頃から始まったそれは、そう長くはかからない内に終わった。

「結論から言わせてもらうが……オニキス、君は討伐には連れて行かない」


 一人テントから出たオニキスは、エルフの男から渡された地図を手に森へと足を踏み入れた。ここ数日の経験と地図という指針によって、オニキスの歩みはスムーズに進行していた。身体の周囲には、クオンツ族の蟲使いである証とも言える幻影蝶を数頭漂わせている。この蝶はオニキス、ひいてはクオンツ族の里にとっての生命線であると言えた。その翼から散布する鱗粉には幻惑の効果があり、対象の周囲に漂わせることによって視覚的に存在を隠匿することができる。

「っし、こっちだな……!」

 エルフの男によって書き足された道順を把握し、オニキスは森の中を躊躇なく走り出した。自身の手で行動を掌握している幻影蝶は、オニキスの走行にも並走し、その姿を森の中の魔物から隠し続ける。先日熊型の魔物によって開通させた獣道から逸れてもなお魔物から襲われないでいるのは、幻惑効果によって視覚を主に使う魔物からの認識を免れているためだった。

「最速かつ最短距離が、一番安全だなんて……なッ」

 初日に遭遇した魔物は聴覚優位な種であり、慣れない森ということでゆっくりと注意して進んでいたことが原因で補足されていた、とオニキスはエルフの男に教えられていた。幻影蝶の鱗粉による幻惑効果も、音までは誤魔化すことができない。オニキスのとれる対策は、最短距離かつ最速走力で森を駆け抜けることだけだった。里で鍛えられた体運びを万全に活かしながら、オニキスは木立を抜け出すに至った。

「ようやく抜け出せた……けど、ここからが本番だ」

 オニキスの眼前には、流れる川があった。一見清廉に見えるそこは、苦痛と倦怠を呼び込む汚濁。オニキスでは手の出しようのない、エルフの男に委ねるほかない問題がそこにはある。川から目を背け、オニキスはその先を見据えた。今いる場所よりも速い流れを生み出すその方向には、岩場に囲まれた源流のみが厳然として存在している。

「俺に毒を飲ませた魔物の面だ、いっぺんは拝んどかねぇとな!」

 源流周辺は小さな広場と化していた。源流たる湧き水は、元は岩と木々に隠れるように存在していたはずだった。その身が放つあらゆる力でもってそれを独占している存在が、そこには鎮座していた。思わずオニキスは手持ちの幻影蝶を自身の周囲に集結させていた。

「デカいとは聞いてたが……ここまでデカいのかよ」

 サードアイド・ポイゾナスモスと呼ばれるその魔物は、本来森には存在しない種のはずだった。特徴的なのは、頭部の二つある通常の複眼の間に、「第三の眼」に見える一つの目玉模様があることだった。一般的な蛾型の魔物と比較しても遥かに巨大であることに加え、高い飛行能力を始めとした運動性能にも優れているという。翅にはあちこち大小の穴が開いていることから、生存競争に敗北した個体が本来の生息地から逃げ出したことが察せられた。飛行能力が低下しているのか、この源流付近に着陸して以来その場を動こうとしない。十分に成長した木の高さに匹敵する長さの四枚翅のうち、下半分の二枚が源流の生み出す流れの中に浸っていた。蛾型の魔物の常として、その翅から放たれる鱗粉には毒性があった。……エルフの男の言う、川の汚染源とはこの魔物のことだった。毒蛾は物思いに耽るように、頭部を空に向けていた。

「こいつが……」

 オニキスは懐から、金属製の銃砲を取り出した。エルフの男の元で手に入れたそれには、すでに撃つべき弾が込められている。視界いっぱいに広がるその対象に向け、オニキスは引き金を引いた。


「おっ、速いな。やはり居座っているのか」

 エルフの男は森の中、川のそばで銃声を聞いた。そう遠くはない。目標地点である川の源流までは少し距離があった。銃声のした方角からは、一筋のピンク色の煙がもこもこと上がっているのが見えた。男が瞬きをする前に、一本の太い光線が煙の筋を貫いていった。エルフの男は背中に冷や汗が滲む感覚を覚えながら呟いた。

「調べた通りとはいえ、おっかない相手だな……」

 汚染されている川の上流へ向かう。魔物の毒性により、川の周囲の植物は死に絶えている。現状は川の周囲だけに留まっているが、この先も放置すれば森すらも丸裸にしてしまうことが予想されていた。悪質なのが、地上の魔物や川の中の水生生物の命を即座に奪うほど毒性が強くないことだった。汚染された水を摂取した生物は苦しみ、弱り、その上で凶暴性を増す。一頭の外来種によって、森の環境は激変していた。

「職業柄、正面戦闘は避けたいところなんだが……『アトムスフィア』」

 懐の薬ビンに手を当て、薬液の薬効のみを抽出する。その手を額に当てると、エルフの男の感知力が高まった。その両目の視界はより鮮やかかつ精密に、見えてもいない源流のせせらぎが手に取るように聞き取れる。一時的な感覚強化によって、エルフの男は戦場の様子を足を踏み入れる前に理解した。相対することになる魔物が、素の自分には手に負えない強敵であることさえも把握した。薬効はすぐに切れ、普段通りの感覚が戻ってくる。死地を目の前にして、エルフの男はしかし笑った。

「お前の天下は、今日で終わる。……『アトムスフィア・フュージョン』」

 再び懐に差し込んだ手を引き抜くと、五指それぞれが発光していた。握り締めると五つの光は融合し、拳から溢れ出す閃光と化した。その拳を、エルフの男は自らの胸に叩きつける。光球が男の体に吸収されると同時に、男は呻き声を上げた。

「く……うう、ぐぅ……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 全身を襲う激痛に悶える。エルフの男の身体は、薬品の効果によって急激な変化を見せていた。全身の筋肉が脈打ち、脈打つたびにより太く、より大きな筋肉へと発達していく。膨れ上がる筋肉に内部の骨格は圧迫され、軋み、砕けていく。それをなかったことにするかのように骨格は再構成され、より強靭かつ密度の高いものへと練り上げられていく。内圧により皮膚は裂け、血液が噴き出す。ズタズタになった皮膚は次の瞬間には繋ぎ合わされ、膨れ上がっていく筋肉と骨格を覆っていく。

「……ッハァ! っはぁっ、っはあ、はーっ。……やっと終わったか」

 破壊と再生を繰り返した末にその場に立っていたのは、全体が1.5倍ほどに膨れ上がった結果として別人とも言える風体と化したエルフの男だった。五本の薬ビンから抽出した薬効を掛け合わせ、それらを増大させる薬師のスキル『アトムスフィア・フュージョン』により、エルフの男は通常時の肉体をはるかに凌駕する戦闘力を手に入れることに成功していた。

「5分……慣らし運転をするヒマもない、か」

 薬効により急激に発達した肉体は、薬効が消えれば維持するのは難しい。すなわち、現在持っている力を振るうことができるのは薬効が消えるまでということになる。エルフの男は薬効が消えるまで、その制限時間を5分と見積もった。手を開閉する。手の中で風が吹き荒れた。肩を回す。発生した真空波に近くの樹木が音もなく斬れ、倒れた。足を屈伸、走り出す。男のいた後方の地面が抉れ、土煙を巻き上げた。

「力加減が難しいが……今はこの力が必要だ」

 大地を蹴りだした勢い余って森の中を低空飛行しながらも、エルフの男は目的地を見誤ってはいなかった。時折地面を蹴りながら、発射された弾丸のように森を突っ切った。そして誰の心の準備も整わないままに、戦いが始まる。

「こんにちは公害。そしてさようなら」

 本来の住処を逃れてきた毒蛾にとって、休憩場所でしかない水源地は有利な場所ではなかった。四枚の翅のうち一枚の中心に、エルフの男の飛び蹴りが突き刺さる。紙のように破れるにとどまらず、衝撃によって無数のヒビが入り、割れた。飛び蹴りの軌道上に、暴風が吹き荒れた。飛び蹴りの勢いは翅を割り砕いただけではおさまらず、壁のようにそそり立つ岩盤に突き刺さるようにしてようやく止まった。土埃がおさまる前に、岩盤から弾丸めいた速度で男が飛び出す。毒蛾が土煙の上がる岩盤に向き直ったときにはさらにもう一枚、毒の鱗粉を撒き散らす翅が砕かれていた。エルフの男が空中を移動するたび巻き起こる暴風が、水源の水も巻き上げ、割れた翅から舞い散る鱗粉を水滴として地面に落としていく。

「尻拭いは私が引き受ける。だから毒蛾よ、お前は今日で消えてくれ」


 巨大な毒蛾の翅が砕かれていく光景を、オニキスも近場の岩陰で見ていた。

「おっさん、なのか……? 速すぎて何が起きてんのかわかんねぇ……」

 空気が忘れていたかのように強風が巻き起こった。エルフの男が移動した際に発生した衝撃波は、うっかりオニキスの身を隠す幻影蝶の鱗粉までも剥がしかねない威力だった。三枚目の翅を飛び蹴りで砕いた勢いを殺すためか、地面の岩盤を削り取りながらブレーキをかけた姿は、ここ数日で見慣れたエルフの男だった。全身が冗談のように筋肉質に膨れ上がっている。

「それにしても、何食ったらあんなことになるんだよ……」

 オニキス出発前、エルフの男の考案した作戦の内容は、オニキスを直接戦う必要のない斥候として運用するというものだった。水源地に汚染を引き起こす魔物が居座っているかどうか、その有無を信号弾の色によって知らせることが、オニキスの役目だった。魔物がいるならエルフの男が出向いて討伐したのち川の浄化、いないならそのまま川の浄化に入るという塩梅だ。この作戦の肝は、魔物が水源地にいるかどうかを知らせた後はオニキスが出張る必要がないということだった。

「おっさんだけに任せておけるかよ。俺は毒を飲まされたんだぞ」

 オニキスは信号弾で魔物の存在を知らせたあとも、水源地に潜伏していた。「役目を果たした後は自由」と言われたのを、オニキスはその場に残ってことの顛末を見届ける自由と判断した。サポートが必要そうなら協力してやらないでもない、などと考えていたが、エルフの男が強大な自己増強を行っていたために目算が外れていた。ズドム、と壁状の岩盤から音が上がった。毒蛾の四枚の翅はすべて蹴り砕かれ、巨大な蟲の背中には惨めに翅の根本部分が残っているのみだった。初めから飛行していなかったとはいえ、翅を失い地を這うばかりになった姿は、もはや毒蛾には見えなかった。

「翅がなくなったんなら飛んで逃げることもねえ、そのままやっちまえ、おっさん!」

 エルフの男は内心焦りを感じていた。水質汚染の原因となる鱗粉を振り撒く翅はすべて破壊し、毒蛾から飛行能力を完全に奪うことには成功した。しかし翅を奪われてからの毒蛾の動きに、エルフの男は対応できずにいた。

「攻撃の速度に慣れ始めている……」

 六本の脚が器用に岩場を走り、男の攻撃から身をかわしている。それだけではなく、複眼を持つ蟲にとっては必要のない行為を回避行動のあとに挟んでいる。エルフの男は毒蛾の変化に気づきながらも、同じようにして攻めるほか有効な攻撃の手立てがないことを理解していた。後方の地面、岩が粉砕されると同時に男の身体が前方に向けて撃ち出される。狙いは毒蛾の脚の集まる胸部。機動力を削ぎつつ致命傷を与えるための選択だったが、毒蛾は忙しない脚の動きとは裏腹に、危なげなく男の体当たりを回避して見せた。そして勢いを殺すべく地面にスライディングをかけているエルフの男へその頭部を向けた。二つの複眼の間にある、第三の眼が輝いた。

「おっさ……」

 思わず叫んだオニキスの声をかき消すように、閃光と音が走った。ものが焦げる匂いと、白煙が遅れてオニキスを包む。毒蛾の第三の眼が、輝きを失って単なる目玉模様へと戻っている。しかしオニキスはその目で見ていた。エルフの男の背中に向けて、毒蛾が第三の眼から光線を放った光景を。再び目を閉じたのは、残像が目に痛かったからだけではなかった。

「素の私だったら、余波で即死だったな」

 岩盤を焼き溶かして上がる煙の中から声がしたのはそのときだった。オニキスが目を開けると、毒蛾の腹部にエルフの男の足が突き刺さっていた。衝撃に腹が波打ち、巨体が後方に吹き飛ぶ。岩盤を削る打撃を受けてなお即死しない耐久力を持つという点は、毒蛾もまた同様だった。倒れた毒蛾が、態勢を立て直そうともがいている。隙を晒しているにも関わらずエルフの男が追撃しないことを不審に思い見ると、エルフの男もまたその場に膝をつき、肩で息をしていた。

「何やってんだよおっさん……早く倒しちまえよ……何やってんだよ……」

 エルフの男は薬効の制限時間を過ぎたことによる肉体の弱体化を、全身で実感していた。光線発射後の隙を突いて腹に飛び蹴りを当てられたのは単なる幸運でしかなかった。同じ威力の攻撃をもう一度当てることができれば討伐することができる、という手ごたえはあった。しかし毒蛾と男、両者の立場は似ているようで全く違う。態勢を立て直せば何度でも光線を撃てる毒蛾に対し、エルフの男はこの機を逃すと倒しきるだけの攻撃力を失ってしまう。ゆえに取るべき行動は一択だった。

「一発撃たせて……一撃与える。それで倒す」

 光線を撃ったあとの隙でしか本体に攻撃できていないことは、観戦しかできていないオニキスも理解していた。そして毒蛾が光線を撃つのが、エルフの男が決定的な隙を晒した時に限られるということも。男が隙を晒さなければ、毒蛾は光線を撃たない。毒蛾が光線を撃つ場合、エルフの男は高確率で光線の餌食になることが予想される。体力に余裕のないように見える現状であればなおさらだった。しかしオニキス自身が出て行ったところで、光線を食らうことになる対象が変わるだけであることも明らかだった。今見つかりもせず死んでもいない理由は、幻影蝶を周囲に飛ばしているからでしかない。

(……おっさんが死なないで済むなら……)

 薬効と同時に抜けていく力を無理やり維持しながら、エルフの男は朦朧とする意識の中で思い出していた。下流の村からの依頼、水質汚染の改善について、もっと長期の計画で対応しようとしていたことを。劇薬による肉体強化を行ってまで個人で格上の魔物討伐に臨んだ理由を。命知らずに見える少年が苦しむ姿、そして元気を取り戻した姿を。職業の領分を超え、無理を通そうとした理由を。

「オニキス……君に、幸多からんことを」

 飛び蹴りをするなら下半身の力さえ残っていればいい、そう割り切ってエルフの男は駆け出す。毒蛾はすでに六本の脚で立ち上がり、男の動きを複眼で確かめ……最小限の脚の動きでその直線運動を回避して見せた。エルフの男が通り過ぎた後の空間を埋めるように風が吹いた。光線を当てるべき対象は複眼でいつでも捕捉している。毒蛾にとって、相手に第三の眼を向けるのは、外敵排除の確認作業でしかなかった。第三の眼が輝きを増し……収束、光線が発射される。その威力は外来種ならではの、理不尽かつ過剰なものだった。岩盤を焼き溶かし、木々を貫いている。外敵であるエルフの男を示すものは、何も残されていなかった。……消し炭すらも。

「こんなタイミングで見当違いな方を向いてくれるなんてな……神様の仕業だとしたら、ちょっと露骨すぎやしないか?」

 毒蛾の胸部に、光線をやりすごしたエルフの男の足が突き刺さっていた。足の当たった部分を中心に、外骨格にヒビが入るような音がした。次の瞬間、毒蛾は巨大な光の塊となり、空中へと霧散した。存在していた証すら残さず消えるのは、この世界における死の理だ。

 その場に倒れこんだエルフの男は意識を失う直前、消えずにひらひらと、蝶のように舞う光を見た気がした。



 そう間を置かず意識を取り戻したエルフの男は、なすべきことをすませたのち、森の中に張ったテントの中で休息をとっていた。肉体の酷使と劇薬の効果で精神の興奮が収まらず、眠るまでには至らなかった。明かりをつけたまま、男は今日済ませたことを考える。元凶である魔物の討伐による、水質汚染の終息。下流の村の被害者たちの治療の完遂、そして依頼達成の報酬。使用した薬品のコストや肉体の疲労を補って余りあるだけの報酬を手に入れたにも関わらず、エルフの男は内心満たされないものがあった。

「オニキス……」

「呼んだかよ?」

 寝床で寝そべっていたエルフの男の前に突然、オニキスが姿を現した。その周囲には、ぼやけて形状は判然としないが、蝶のような蟲が飛んでいる。日中の戦闘後に、男が見たものに違いなかった。

「君は、森から出たんじゃ……?」

「勘違いすんな。返すもの返し忘れてたから、返しにきただけだ」

 見ると、オニキスに貸した信号弾用の銃砲が置いてある。別に持って行ってくれてもよかったのだが、と思いながらも目を合わせようとしないオニキスに重ねて聞いた。

「じゃあ何を返しに来たんだ? 言ってくれないとわからないぞ」

「……恩返しだよ。黙って受け取りやがれ」

 エルフの男が動かないのをいいことに、オニキスが毛布越しにのしかかってくる。熱い吐息と重みを感じながら、男は近づいてくるオニキスの顔を受け入れた。唇が重なる。

「んむっ♡うちゅっ、んむ♡」

 少年のキスは拙いながらも、本能的な快楽を求めて動き回る細い舌はよく動いた。お返しというように、男はその舌と自分のそれを絡めてやる。合わせた唇の間からねばっこい唾液が漏れ、男の上着に染みていく。

「ぷはっ! はぁ、はぁ……どうだ……気持ちよかったろ……?」

 唇を離し、口の端に垂れたよだれを拭いながら、得意げな表情を浮かべるオニキス。男はそんなオニキスの頭を撫で、再び軽くキスをした。

「ああ。……これでおしまいか?」

「まだまだ、今度は俺が、あんたを気持ちよくしてやる!」

 挑発的な言葉に、いそいそとオニキスはエルフの男のズボンを下ろしていく。下着を押しのけるようにして現れた陰茎を見て、目を輝かせている。

(この子は、本当にかわいいな……)

 目の前にいる少年を愛おしいと感じるとともに、男はオニキスが、これから自分に何を見せてくれるのか楽しみでもあった。

「へぇ……結構大きいじゃん……でも大丈夫、任せてくれ。絶対満足させてやる……!♡」

 一日忙しく動き回った結果臭い立つ男のペニスをためらいなく、オニキスは舌先で舐めた。それから少年の小さな口に、ゆっくりと男のモノが飲み込まれていった。咥え込んだ亀頭を味わうように、オニキスの頬肉と喉奥がきゅっと締まる。

「んぶっ……んぐぅ~……ふー、んむ……ん……んむ……♡」

 苦しそうな声を出しながらも、オニキスは一生懸命奉仕を続けている。じゅぽ♡くちゃ♡ 温かくぬめりのある感触に包まれ、快感とともに心地よい気怠さが襲ってくる。オニキスは慣れない様子で口を上下させ、喉奥まで使って奉仕を続ける。じゅぽ♡くちゃ♡ 淫靡な音を立て、一心にフェラチオをするその姿からは普段の生意気な態度は見られない。不意に口が引き抜かれた。

「んぷ……♡どうだ、気持ちいいか……?♡」

 オニキスは一度自由にした口から、再び生意気な台詞を吐いた。男は疲労感が嘘のように失せ、代わりに無根拠な義務感が湧き上がってくるのを感じていた。必ず、かの生意気な少年を「わからせ」なければならぬと決意した。

「気持ちいいよ、オニキス。もっとしてほしいな……できるかい?」

「当然だぜ……んっ、んぶぅ……んっ、んっ……♡」

 オニキスは再び男のものをしゃぶり始めた。先ほどよりも早く激しく、オニキスの頭が前後に動く。夢中でペニスに奉仕するオニキスの尻は、男の顔の方に向けられている。切なげに上下する腰を掴むと、男はオニキスのズボンを下着ごと脱がせた。

「ぷは……何やってんだよおっさ……んひっ♡」

 オニキスの肛門に、男の指が差し入れられる。一本二本と指を増やし、小さな穴をほじるように刺激する。同時に男は、オニキスの若いペニスを口に含んだ。

「俺が気持ちよくしてやってんのに……あっ!?♡ そこっ、ダメだっ♡……あひぃっ♡ だめっ、チンコ吸わないでくれよぉ……! あ あ あ あ っ!!♡♡」

 オニキスは、健全な状態で経験するペニスを吸われる感覚に腰をヒクつかせた。快楽から逃げようとする動きが、肛門に差し込まれた指に抑え込まれる。逃げようともがくほどに、別種の快楽がオニキスを苛む。

「どうした、私を気持ちよくさせるんじゃないのか?」

「んにっ♡ そうだよっ♡ だから邪魔すんな……♡ んあっ♡」

 喘ぎながらも男のペニスに手を伸ばし、上下にしごきはじめる。最初のフェラチオで内心感極まっていた男は拙い手コキで絶頂に達してしまう。

「オニキス、もう出る……飲んでくれ……!」

「うんっ♡ 飲むっ♡ 全部飲ませてくれよっ……あぁっ♡ イクっ♡ イッちまうっ♡ んああああぁぁぁっっっ!!!♡♡♡」

 びゅーっ♡どぴゅるるるるっ♡びゅるっ♡♡♡ オニキスの口内に、大量の精液が流しこまれる。勢い余った白濁が口の端からこぼれ落ちる。

「んぷぁっ♡ んっ♡ ごく……♡ けほっ……ん……♡ はぁ……はぁ……どうだよ……」

「ああ……すごくよかったよ、オニキス。ありがとう。お礼に今度は、私の番だ」

「えっ……?」

 オニキスを寝床に押さえつけるように、うつ伏せの状態で地面の上に転がす。獣の耳がついていても、尻尾はついていない。まっさらな尻を天に向けたオニキスの痴態に、エルフの男のペニスが硬さを取り戻す。

「お、おい……なにするつもりなんだよ……♡」

「君が望んだことを私は叶えてあげたい。だからあえて聞くが……いいんだな?」

 オニキスはうつぶせのまま、背中越しにエルフの男に振り向いた。頬を紅潮させた少年は、顔を寝具に擦り付けるように頷いた。

「おっさんなら……おっさんになら♡」

 言いながら、自ら尻を振った。淫らなおねだりに応えるように、男は自らの剛直を挿入していく。

「んおおぉぉっ♡♡きたぁ♡ これぇぇぇぇぇぇぇ♡♡♡」

 ずぶずぶと音を立てて侵入してくる肉棒に、オニキスは歓喜の声を上げる。熱くぬかるむ腸内は、オニキスの興奮を表すかのようにきゅうっと締まり、男のモノを締め付けた。

「くぅっ! すごいな、オニキスの中は……! それにこの体勢だと、君の中がどうなってるかよくわかるぞ……!」

「やだっ♡ そんなこと言うなよぉっ♡ 恥ずかしいだろぉ……♡」

「そうか? じゃあもっと恥ずかしくなるようなことを言ってやろうか」

 腰を前後させながら、男はオニキスを持ち上げる。ペニスとオスマンコの結合部分を軸にオニキスを回転させ、男はオニキスの尻を自らの太腿の上に置いた。いわゆる正常位、お互いが顔を正面から見られる体勢をとる。剥き出しの情欲を腰の動きで伝えながら、オニキスにささやく。

「オニキスは軽いな。こんな姿勢も簡単にとれる。ビンビンチンポも丸見えだ」

「ひぅっ♡ 言うなよっ♡ 見るなよぉ♡」

 羞恥心を煽られ、オニキスの身体が震えた。前後に揺すられるたびに連動して動く先端からは、白濁した粘液が滲み出ている。隠そうとした両手が、エルフの男の両手にそれぞれ包まれる。ぷるんぷるん♡と流されるままの少年ペニスは、男のものに突かれるたびに薄い汁をぴゅるっ♡と吐き出す。

「ふーっ♡ んぐっ♡ んおっ♡ おっさ……あひっ! 激しすぎだって……♡」

「まだまだいくぞ……!」

 ぱんっぱんぱちゅぱちゅっ!! 腰を打ち付ける音が響くたび、オニキスの顔が快楽に蕩けていく。その変化を隠すための両手は、エルフの男が指と指とを絡めてまで抑え込んでしまっている。押さえつけられ、なされるがままのオニキスはこの瞬間、オスでありながらメスであることを自覚させられていた。

「あっあっあっ♡ ダメっダメダメダメっ♡ イクっ♡ またイっちまうっ♡」

「私もだ、オニキス……一緒に……!」

「んあっ♡ イクっ♡ イクイクイクっ♡ イクぅ~ッ!!!♡♡♡」

 びくんっ♡びくびくびくっ♡ 絶頂を迎えたオニキスは、男のものをきつく締め上げ、背中を大きく反らせた。同時に男もまた絶頂を迎え、オニキスの中に大量の精液を流し込んだ。

「あひぃっ♡ 熱いぃっ♡ あついのいっぱい出てるっ♡ 俺の中でびゅーびゅー出してるっ♡ んあぁっ♡ まだ出てんのかよぉ♡♡♡」

 長い射精が終わり、二人は息を整えながら余韻に浸っていた。オニキスは尻穴をひくつかせながらも、内部に出された精液をこぼすまいと必死にそこを収縮させる。腸液と精液、二人の体液に濡れて光るそこを見ているうちに、エルフの男は情欲の再燃を自覚した。同時に、オニキスもまた、媚びたような視線を返す。二人の視線が交わる。

 不毛なはずの行為は、オス同士が愛を確かめ合うための儀式として再演された。その夜が明けるまで、何度でも。


 翌朝目覚めたエルフの男の前に、前夜の営みの気配は残っていなかった。一抹の寂しさを覚えながら、テントの外へ出る。汚染源が消え失せた森の空気は、心なしかこれまでの数日間よりも澄んでいるようだった。そこに見えないはずの少年の姿を幻視しながら、エルフの男もまた、自らの定めた道へ戻っていく。

「もう遭うことはないだろうが……どうかオニキス、君に幸多からんことを」


おわり

 

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